すまいをトーク〜すまい再発見!〜

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次回講座
6/9(日)
【午前の部】10:00-12:00
【午後の部】13:30-15:30
左官 土壁塗り体験(and 泥団子教室)

終了しました
5/12(日)13:00-17:30
昭和の代表的作庭家・重森三玲の世界 〜旧宅と庭園(東福寺方丈・光明院)などを巡る〜
→レポートをアップいたしました!

新聞で紹介されました!
2019年4月6日の読売新聞で、すまいをトークの活動が紹介されました!
▲画像をクリックすると大きく表示されます

すまいをトークって?
「すまいをトーク」はどなたでもご参加いただける住まいの勉強会です。受講生は随時募集中、単回参加も大歓迎です!
勉強会内容はスケジュールのページを、受講方法についてはお申し込みとお問い合わせのページをご覧ください。

マンスリーレポート

◆ 第2回「昭和の代表的作庭家・重森三玲の世界」レポート

1.はじめに
本年度第二回目例会は、その筋では超有名な(私は知りませんでしたが・・・)昭和の作庭家「重森三玲」が作った庭を巡る勉強会です。案内は当会運営委員で、博識かつ健脚でお馴染みの牧彰氏です。庭について全く無知蒙昧な私は少しでも「庭の何たるか」を理解したいと意気込んで参加しました。
東福寺駅前に午後1時集合なのですが、駅前のスペースが狭く、しかも58人という大勢の参加者が見込まれており、受付をして人がたまってきたら少し離れた東福寺北門に移動して頂きました。

2.東福寺境内〜方丈庭園
北門から東福寺境内を歩きます。当日は本年一番の暑さになると前日から気象予報士が何度も喋っていましたが、陽射しのきつさも加わり本当に暑く、ついつい影を求めて歩いてしまいます。広大な境内には立派な塔頭が建ち並び、新緑が初夏を思わせる陽射しにキラキラと輝いています。新しく生まれて育つそれらの生命力をまぶしく感じるのは年を取ったせいなのでしょうか。
「明暗寺」という塔頭の前で牧さんが止まり、禅宗には曹洞、臨済、黄檗の三宗以外に普化宗という系統があり、このお寺がその本拠地であるとの説明がありました。そうです、頭からすっぽり菰を被り尺八を吹きながら着流しで行脚する虚無僧。あれです。大体時代劇では何故か斬られちゃうんですよねえ。
境内を東西に深く切って流れる渓谷に架かる臥雲橋に差し掛かりました。谷を取り囲んで楓を中心とした樹木が鬱蒼と茂っており、東の方に有名な通天橋が望めます。谷を通る風が本当に爽やかです。
などと言ってる間にもう通天橋を渡っています。臥雲橋と同じく素晴らしい眺め。秋はもみじ色に染められるのでしょうね。ふと足元を見ると床板の隙間からはるか下を谷川のちょろちょろとした流れが見えました。58人もいっぺんに乗っかって大丈夫なのかと足早に渡りきって開山堂へ。門を入ると正面に望楼を乗せた特徴的なお堂があり、その手前が重森作の庭になっています。左半分が白い砂の市松模様、右側が石や低木を植えた庭です。で、私の感想なのですが、実はあまり印象に残っていないのです。「ふーん」という感じでしょうか。これだから無学な者はいけません。それよりも喉が渇いて堪りません。ここまで自動販売機が一切見当たらず飲料水を携行しなかったことを深く悔みました。禅寺なのだから当然と言えば当然の話なのですが。
次に行ったのが方丈庭園です。方丈とは、四畳半程度の間取りのことで、坊さんはそれ位の住処があれば十分であるという禅の教えから来た言葉ですが、その建物はいやに立派でした。どうやら時代が下って応接等に使われる建物の性格を帯びてきたようです。この方丈の四周を重森作の庭が取り巻いているという庭マニアには堪らない場所です。東側の庭は北斗七星が浮かぶ夜空を表しています。メインともいえる大きな南庭は、蓬莱神仙思想に則った庭ですが、巨大な長石を横たえたり白砂と五山を表す築山の境界をシャープな斜線で切ったりと斬新な手法が見られます。西側庭園はというと、これはとっても斬新!南端に仏教思想に基づく三尊の石組みが置かれているものの、皐月の植栽で市松模様をこしらえそれを斜めに配置し北側庭園の小さな市松模様に繋げています。北側の市松模様は庭の東北方向に向かって徐々に疎らになりついには消え去っていきます。北斗七星の七、五山の築山の五、三尊の三で「七五三」だとか。色々と考えられているのですねえ。

3.光明院〜重森三玲庭園美術館
方丈庭園見学を終え、昔の便所である東司や戦いの痕跡が残る六波羅門を興味深く見ながら塔頭のひとつである光明院へ向かいます。どうでもいいけど喉が渇きました。自動販売機がないかと懸命に探しますがやはりありません。ほどなく光明院に到着し見学。ここの庭園も重森三玲作です。さて大変です。何か書かなければならないのですが、光明院の記憶が全くないのです。パソコンでここの庭の写真を何枚も確認しましたがやはり記憶にありません。もしかしてここは時間の関係上飛ばして次の場所に行ったのではないかと思い、某運営委員に電話をかけて確認しようとしました。その前にもう一度だけ写真を色々と引っ張り出して確認してみました。そしてやっと私も確かに光明院庭園に入っていたことを思い出したのです。しかもきっかけの写真は庭園のものではなく、建物全体を俯瞰したもので「あっ、この縁側に座った!」と漸く記憶が蘇ったのでした。喉の渇きはついに脳味噌の水分まで奪い取り、頭の中はフリーズドライのインスタント味噌状態になってしまっていたのです。いやー、危なかったです。そんな訳で光明院のレポはパスさせて頂きます。すみません。
鳥羽街道駅前のコンビニで水分を補給し脳みそをプルプル状態に戻して電車で出町柳へ向かいます。

4.重森三玲庭園美術館
出町柳駅から京都大学構内を抜けて最後の目的地、重森三玲庭園美術館に向かいました。美術館のイメージはなく、小ぢんまりした社家建築で、すぐ隣の吉田神社社家を譲り受けた三玲の旧宅とのこと。そう広くはない敷地に蓬莱神仙の石組み庭と、建物に囲まれた坪庭があります。この庭は自分の所有だけに、施主からの要望や様々な制約に捉われず思いのまま好きなように作ったものと思われます。ただ、参加者を2個班に分けて見学したのですが、それでも庭のスケールに比して見学者が多すぎてゆっくり落ち着いて鑑賞するのは無理な状態でした。

5.おわりに
さて、本日の鑑賞会で私は庭についてどれ程のことを学んだのでしょうか。方丈庭園のところで若干の説明めいたことを書いていますが、これとてパソコンから引っ張り出してきた受け売りであり、このようなことは言われなければ分かりっこないと思うのです。でも、それでいいのではないかと思います。庭を構成する様々な要素の配置や色彩やコントラスト等々、言うに言われぬ絶妙のバランスが見る人たちの気持ちを落ち着かせたり和ませたりするのではないのでしょうか。もちろん庭について勉強し、深く哲学的に思索しながら鑑賞することでその楽しみや奥行はけた違いに増していくであろうことは想像に難くありません。でも我々凡人は、一般教養として若干の知識を身に付けているに越したことはありませんが、庭を見て「よう分からんけど何かいいなあ・・・。」でよろしいのではないでしょうか。
以上、お粗末でした。 (報告:並平 文清)

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